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この世を去ってから事実を知った母は心を痛めたが、亡くなった者はかえって来ない。優しすぎるが故に落としてしまったその理由を、上原涼は大きくなるまで知らなかった。
そして中学に上がった頃、元々体の弱かった母も病気で亡くなってしまった。兄弟の居なかった涼はたった一人この世に残された寂しさを、父の遺影を見つめていた時と同じように、今は母の遺影を見つめている。
表情の一変も変えずに伏せた瞳から一筋の涙が零れただけだった。悲しみは時として、人の感情を波紋の立たない湖のように、閑寂さで覆ってしまうのだ。
バタバタと葬儀が終わりぽつんと残された涼は、縁側に座ってただ何も考えないで庭を見つめている。手入れの行き届いた父の好きだった小さな彼の憩いの場。目の高さより少し背の高い生垣と、右側には母の好きな薔薇の蔦が伸びている。
五月頃になれば再び美しい花を咲かせ、またその香りで心を癒してくれるのだろう。玄関門扉の脇にはモミジやエゴノキが植わっている。この時期はもうモミジの赤は見れなくなっているが、また来年には赤々とした鮮やかな景色が見られる。今は葉を落としてしまったモミジに視線を移した涼は、その下を潜ってきた男性に気が付かず、今はないその赤を思い浮かべた。
「涼くん?」
突然視界に入ってきた人物に声を掛けられて、ピクリと体を動かしゆっくりと視線を向ける。
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