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涼は弾かれたように立ち上がり玄関に向かって廊下を駆け抜けた。
「お帰りなさい! 薫さんっ」
ようやく帰ってきた薫に向かって半泣き状態から笑顔を作った。薫が一人でないことに気が付いて、飛びつきたい衝動をグッと堪える。
「涼くん、ただいま。あれ、この靴って……優斗、来てるのか?」
「うん、リビングで待ってもらってるよ」
「そうか」
「えっと……」
チラリと薫の隣に視線を送ると、気が付いたように口を開いた。
「うちの店舗のマネージャーの水島雅美さんだよ。今日は夕食でもと思って来てもらったんだ。こっちはうちの甥で涼くん」
「こ、こんばんわ。上原涼です」
「水島雅美です。よろしくね」
何処となく不思議な雰囲気のする雅美に、涼はビクビクしながら挨拶を交わした。笑うと優しいのだが、その笑顔が消えると鋭くなる眼光に、どことなくとっつきにくい印象を受けた。
身長の高い薫と同じくらいで、体の線は細くない。威圧感のない大人の色香を漂わせていた。言葉の語尾を特徴的に少し伸ばす話し方は、独特の個性と艶っぽさを含んだ甘い声だった。
「ほらほら、玄関先で話しこんでもあれだから、中に入ろう」
薫は雅美を目線で促してリビングへと向かう。涼はやっと帰ってきた主人にじゃれるように腕にしがみついて、困ったような顔の彼に視線を向けている。その後ろで雅美はじっとその光景を見つめて双眸を眇めた。
「ずいぶん早かったんだな優斗」
「遅いよ、薫はっ。僕、退屈で涼くんで遊んじゃったよ」
いたずらっぽく笑ってチラリと涼を見た。薫の後ろから入ってきた雅美を見て、一瞬ムッとした表情を見せたが、すぐにいつもと変わらぬ顔を作った。
優斗も薫のお店で働く従業員であるが、雅美とはそこまで仲が良いと言うわけではなかった。同じような空気を持つ二人はどうしても引き合う事はなかったのだ。それでも、薫の手前もあり特に喧嘩のような事を起こす事はなかったが、仲良く話す事もなかった。
クウォーターの優斗は、日本人とは掛け離れた容姿で客の受けもよく、主に接客を手がけていた。反面、雅美はマネージャーとして事務的な裏方の仕事をしていた為、店舗で顔を合わす事はあまりなかったのだ。
「水島さんと一緒だったんだね」
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