序章

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 いつから“彼ら”の姿が見えていたのか。  祓い屋を生業とする家系に生まれた私は幼かった頃、よく父の書斎に遊びに行っていたのだが、ある日を境にそこを訪れることはなくなった。  最後に書斎を訪れたあの日、今まで気にも留めなかった物が急に目に飛び込んできたのだ。それは部屋の隅に立てかけられ、黒い布を被せられた姿見だった。私はただなんとなく気になっただけで特に何も考えずに布を剥ぎ取った。  鏡に映る私の後ろに見知らぬ誰かが立っていた。濃紺色の着流し姿をした男で異様に背が高い。彼はゆっくりと顔をあげる。長い髪の間から覗く二つの空洞。男には両目がなかった。  布を被せる余裕もなく、私はその場から逃げ出した。あの時ほど『見てはいけない物を見てしまった』と感じたことはなかった。  だが思えばその日からだった気がする。私が妖を視るようになったのは。    何年か経って父が病気でこの世を去ってから久しぶりにあの部屋を訪れ、被せられていた布を再び剥いだ。あの男が立っていた。顔を上げた彼の目を見てもそれほど恐怖は感じなかった。私はそっと鏡面に触れた。鏡の中の妖が僅かに笑った。
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