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日常に帰ってくると彼の不在を生活のあちらこちらでまざまざと実感し、それがひとつひとつ、星奈を打ちのめした。
おはようやおやすみといった、ささいなメッセージが届かないこと。ふとしたときに視界に入る、彼が部屋に置き忘れていった雑誌やちょっとした衣服。夕飯の支度をしようとして、彼も食べるだろうかと考えてしまう瞬間。
ささやかな、それでいてこれまで降り積もるように星奈の世界を少しずつ彩り幸福に変えていったものたちが、彼の不在によってごっそりと消え去ったのだ。
そのことに気づいたとき、星奈は一歩も部屋から出ることができなくなった。
部屋から出れば、そこはひとり暮らしの学生たちが多く暮らす街だ。十分も歩けば、大学にもたどり着く。
星奈も瑛一も県外からやって来たひとり暮らし組で、わりと近いところに住んでいた。だから同棲はしないまでもよく互いの部屋を行き来していて、周辺の景色にはすべて思い出がある。
生きていた頃は当たり前の日常の風景で、それが思い出になるなんて思っていなかった。死んだときから思い出に変わってしまって、そしてその中にどれだけ瑛一を探しても、彼はもういない。この世界の、どこにも。
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