第一話

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 星奈の頭にはこの長谷川という声の大きすぎる男を黙らせなければという考えしかなかった。  星奈が暮らしているのは、三階建のこじんまりとしたアパートだ。築年数が周囲のアパートと比べて浅く、その上よく手入れさせているのがポイントで選んだのだけれど、一緒に選んでくれた両親が気に入ったのは別のことだった。  それは、今どき珍しく大家さんがすぐ隣に暮らしていて、直接この物件を管理していることだ。  入居している学生たちによく気を配り、住み心地がいいようにいろいろ整えてくれる良心的な大家さんだ。  けれども、うるさくすることにはとにかく厳しく、騒音問題で一度目をつけられると、その後は些細な物音でも許されず、暮らしていけなくなるというのが先に住んでいる住人からの情報だった。 「ここ、大家さんが厳しいので、声の大きさに気をつけてください。それと、話は聞きますけど何も買いませんから、ひと通り話したら帰ってください」  ドアを開け放ち、気力を振り絞って星奈は言う。  本当なら一刻も早くこんな変な人たちには帰ってほしいのだけれど、騒がれて大家さんの耳に届いてしまうほうが困ったことになるから耐えることにした。 「どうぞ。狭いですけど、座ってください。……玄関開け放ってるんで、変なことしようとか考えないでくださいね」  変な人たちの前で弱気なところは見せられないと、星奈は毅然とした。もともとは、気の強い性格なのだ。ここ最近、めそめそしていただけで。  星奈が鋭い視線を向けると、真野と長谷川は滅相もないという顔をしてブンブンと首を振りながら部屋の中に入ってきた。その後ろを、私服の若い男がのっそりと続く。
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