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焼却炉前
昨日、俺は見たんだ。
クラスで一番地味な奴が、焼却炉の前に立っていた。
ともかく地味で目立たない、人に何か言われても抗わないタイプの奴だから、クラスの派手連中に目をつけれ、色んな雑用を押しつけられる。
今日もゴミ捨てを押しつけられたらしく、当番ではない筈なのにゴミ箱を持って焼却炉の前にいた。
そいつが、懐からハンカチを取り出し、何かをつまんで焼却炉の中に投げたんだ。
「まず一人目。お願いします」
周りには誰もいないのにそうつぶやく。その様子が不思議を通り越して不気味で、俺はそいつに声をかけられなかった。
翌日学校に行くと、派手連中の一人の姿がなかった。無断欠席らしいが、時々学校をさぼって遊び歩いているような奴なので、クラスの誰も気にはしなかった。
でもそれ以降、数日おきに派手グループの奴が学校に姿を現さなくなった。
どうやら全員行方不明らしく、集団家出か何かかと、警察に相談する話も出ているらしい。
それを聞いた翌日、俺は帰宅時、焼却炉前にたたずむ目立たないアイツの姿をまた見かけた。
前に見た時のようにハンカチを取り出し、何かを焼却炉の中に投げ込む。
「これで最後です。ありがとうございました」
焼却炉に向かってそいつが深々と頭を下げる。その姿は以前に見た時よりなおいっそう不気味だった。
その翌日。ついに派手連中最後の一人が登校してこなくなった。
いよいよ、全員で示し合わせての集団家出。あるいは何かやばい事件に首を突っ込み、口止めをされた状態で一人ずつ誘拐されている、などの憶測が学校中に飛び交ったけれど、多分真相はまったく別なのだろう。
派手連中の失踪と、焼却炉の前での一幕。それを関連付ける証拠は何もないけれど、俺の勘が、絶対二つの件は繋がっていると告げている。
とはいえ、あくまで俺がそう思うだけだし、そもそも、やつらがのさばっているのはクラスの雰囲気的にもよくなかったので、俺は自分が見たもののことを人に言う気はないけどな。
あいつがいったい、何にどんな願いをかけたのかは知らないけれど、それを追求する気は俺にはないよ。
ただ、もう人にあれこれ絡まれることもなくなり、今日もクラスの片隅で、目立たず騒がずひっそりと一日を過ごしている、地味そのもののクラスメイトを見ると、あの時のことを思い出して背筋がちょっと寒くなる。
焼却炉前…完
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