この花に想いをのせて

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「不束者ですが……どうぞよろしくお願いしますね。湊くん」 「あはは。よろしくね、藤川さ――あっ」 「……?」 「もうひとつ……いいかな?」 「はい?」 「ずっと下の名前で呼んでみたかったんだよね。良い名前だな、って思ってて」  はからずも目を見開いてしまいます。  私の下の名を知っていてくれたことも、それを『良い名前』と言ってくれたことも、もちろん嬉しかったです。それ以上に、願ってもない申し出だと思いました。彼も同じ気持ちを抱いてくれていたことを嬉しく思いました。  喜びを(あら)わにする犬の尻尾のようにブンブンと首を縦に振りかけますが、かろうじて思いとどまり、ゆーっくりと頷いてみせます。  しばし躊躇いがちに、相手の様子を伺います。そしてどちらともなく、深呼吸を一つ。  しかと見つめ合いながら、先に湊くんが口を開きました。 「ゆ……、ゆか、り……さん」  それを受けて、私も。 「……かずや、くん」  ――何度、妄想したことでしょう。この瞬間を。  事実は小説よりも奇なり、とはよく言った物です。  たった一言、ただ相手を下の名前で呼んだだけ。それだけなのに――私の心は、初めての想いでいっぱいになっています。  どこか寂しく(くすぶ)っていた恋心が満たされ、幸せに満ち溢れていました。  目を軽く閉じ、今一度胸に手を当てます。感じる鼓動はどこまでも心地よく、手にした栞の感触が、何とも形容しがたい充足感をくれます。
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