第四章 丼礑《どぶかっちり》

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第四章 丼礑《どぶかっちり》

明け六つ(午前六時)に木賃宿を出る。もう宿場の木戸が開いたので、旅人や人足、荷物を積んだ馬などが行き交う。ところどころの軒下に、宿場の者が数人ずつ屯していて、その輪の中には必ず筵を被せた何かが横たわっている。 「親爺さん、ありゃ行き倒れかね」 「ああ。今年は米穀払底のうえ、菜っ葉など畑の物も駄目だそうだ。今年は冬までに食い物が無くなるとの評判だ。野垂れ死にも、ひと事では無いぞ」 「恐ろしい事を言いなさる。ところで渡し場はまだかね。もう宿場外れだが」  大井川の渡しは難所と聞く。だったらそこで人の流れが滞るはずだから、人だかりがあっても良さそうなのに、だんだん寂しくなってゆく。 「大きな声では言えぬがな。ここから川は越さぬ」  全休が言うには、島田宿の北、一里ほど行ったところから徒歩(かち)で渡れるという。 「でもさ、御法度じゃねえか」  東海道の大井川の渡しは、そこを挟む島田宿か金谷宿から川越人足を頼まなければならない。 「そのとおり。それゆえ闇夜に紛れて越えるのだ」 「そんじゃあ、夜まで待つのか。悠長な。島田から渡りゃあ良いじゃねえか」 「おぬしは一文無しではないか。二人分払うなど御免蒙る」     
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