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石段の下に女が現れた。息が上がって肩で息をしているのか、でっぷりとした体がやや膨れたりしぼんだりしている。顔を上げ、あの大きな眼でこちらを見据えている。
「拙い、おやぎだ」
全休は立ち上がり、どこへ逃げようかと後ろを見回した。
「なあ、焦る事はねえわな」
「悠長な」
「見なせえ。肥えた奴に階段は骨折りだ。鬼に菖蒲といったところだ」
見ると、確かにおやぎは辛そうに下を向き、ゆっくりと石段を登って来る。息が上がったのか、それとも膝が痛いのか、途中で歩みを止める。
あれでは追い付けないであろう。
「先ずは鐘突き堂の、鐘の中へ隠れなせえ」
「何で」
聞き返すと、瑞円は満面の笑みとなり、大きく息を吸い込んだ。これから取って置きの一言を言うぞ、というような腹の立つ顔。
そして言い放った。
「決まってるだろ、道成寺だからさ」
言い切って、どうだ、というような笑顔でこちらを見て来た。江戸っ子自慢の白い前歯がキラリと光る。
「置け(いい加減にしろ)!」
全休は境内に逃げ込んだ。さらに奥へ進むと柴が行く手を遮る。だが全休は、ためらいも無くその中へ飛び込んだ。
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