第二章 末広がり

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第二章 末広がり

 先を行く全休の後を追うように瑞円が続く。  嵐を思わせた黒い雲は立ち消えて、日差しが海原を輝かせる。浜沿いの真砂路は風除けの松に覆われて日差しを遮り、沖からの浜風が心地良い。 「なあ、親爺さん。腹が減った」 「相良まで出れば茶屋か飯屋があろう」  一時掛けて三里も歩くと、田沼家一万石の相良(さがら)陣屋のある相良町に着いた。瑞円はさっそく茶屋を見付けると、店先の腰掛けに座った。  そして、 「親爺さん、ここにしよう」  と言って手招きした。 「まあ、団子ぐらいなら付き合うか」  全休はそうつぶやいて瑞円の横に座る。  茶と団子を頼み、出て来ると瑞円はぺろりと平らげた。 「いや、うめえ。空きっ腹でよ。ずっと食ってねえもんで」  そう言ってもう一皿頼もうとすると、全休が、 「おい、空きっ腹にあんまり詰め込むものでは無い。腹を下すぞ」  と言って止める。 「いいじゃねえか」 「良くは無い。昔、豊太閤が羽柴筑前守と名乗っていた頃、鳥取城を兵糧攻めにしたのだ。世に言う鳥取の渇え殺しの事だ。城主吉川経家が切腹し、城中の者どもは助命され、そして筑前守は落ち延びる者どもへ粥を振る舞ったのだ。このとき心得ある者は一口含んで立ち去り、心得無き者はたらふく食うて命を落したと伝わる。それゆえ止めておけと言うのだ」 「ならば酒なら良かろう」 「坊主が何を言う。食ったなら、わしはもう行くぞ。達者でな」  全休はそう告げると代金を腰掛けに置き立ち上がった。
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