第二章 末広がり

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 瑞円はそうつぶやいて河原に目を遣った。青い水が滔々と流れ、その幅三町(三百メートル)はあろうか。石の河原もその片側だけで同じぐらいはある。やがては渡る賽の河原もこんな風なのだろうか。道はその堤の上で、左右には柳の木が生えている。 「なあ、島田の誰の所へ行くのだ」 「おお、それだが。大桑屋作右衛門という御仁だ」 「何!作右衛門だと」  全休はそう言って立ち止った。驚いた顔をしている。 「知っていなさるか」 「知ってるも何も、この辺りでは大物だぞ。去年、貨幣の御改鋳があったろう。駿河から三河まで、あの御改鋳役を仰せ付かったのが島田宿名主作右衛門だ。そんな大物が、こんな身形の乞食坊主に会う訳がなかろう」  お互いの身形を見比べると、確かに小汚い。灰色の着物もその上に羽織る黒い袈裟も、ともに色あせている。襟は垢で黒ずんでいる。 「だがよ。元は俺だって大店のせがれさ。親爺さんだって、一廉の武士だ。名乗ればどうって事はねえ」  瑞円はそう言って全休の顔を見た。困ったような顔をして、むう、と唸っている。良く見ると深い皺が額と口元に入っていて、頬の肉がやや下がっている。明らかに親爺といった顔。  やだな、歳は取りたくないもんだ。 「なあ、良いじゃねえか。行ってみよう」
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