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駿河の国の西の端、橋が架からぬ大井川。その川縁の宿場町、島田宿に着きにけり。
「宿場ってもんは何処も長いもんだな。親爺さん、作右衛門宅は何処か御存じかね」
駿河国志太郡に属す島田宿の町並みは、東西に九町四十間(九百七十メートルほど)で、家数千四百余り。西から一丁目と続き七丁目まである。
「ああ、知っておるとも。一丁目だ」
一丁目に行くと、町屋は間口三間(五メートル半ほど)が多いのに、一軒だけ十数間もの間口を構える店があった。店の前に積まれた樽からして酒屋であろう。出入り口だけで六間はある。その左右は板塀が続く。
全休はその大店の前で立ち止まると、
「ここだ」
と言った。
瑞円は答えもせず、突っ立ったままその店構えを眺めた。
結構な身代じゃねえか。実家より大きいぞ。
「どうした、瑞円法師。ちなみにな、作右衛門は酒屋と米問屋をやっていて、しかも大地主だ。その持高は五百石」
抱える土地はすべて上田として積もる。上田一反は一石五斗だから、五百石を一石五斗で割ると、三百三十三反。十反で一町歩だから、三十三町歩の大地主。並みの本百姓が二町から五反ほどの持田なので、これと比べるとかなりの身代だ。さらに酒や米の売り上げが加わるのか。
数え終えて瑞円は、あんぐりと口を開けた。これほどの大尽に身請けされた喜多川は、きっと幸せに暮らしているに違いない。
やっぱり女は金次第か。
居並ぶ全休が、こちらの顔を覗き込んで来た。
「ははは、まるで完敗といった顔付きだな。まあ、そう案ずるな。わしに一計がある。付いて参れ」
とぼとぼと全休の後ろに付いて行くと、屋敷の裏手へ回った。裏も背丈よりも高い板塀が続いている。
「あそこに大きな屋根が見えるだろう。あれは母屋だ。ここが南側だから、恐らくこの塀の向こうが座敷だ。主人が居るとすれば座敷であろう」
「居るかどうか分かるのかね」
「もう七つ時(午後四時)を過ぎた。仕事も仕舞いであろう」
言われてみればもう日が傾き掛けている。
「そんでどうする。そこの戸から入るのかね」
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