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「これ、若いの。早まるな」
大声で叫ぶ。だが、にわかに立ったので、頭の中を置き忘れたような感じになり立ちくらみがした。そしてそのまま前のめりにすっ転んでしまった。
寄る年波には勝てないのか。しかも砂の上なのに結構痛いぞ。
顔を上げると、身投げをしようとしていた若い僧侶は、歩みを止めてこちらを向いていた。
その顔は、待ってました、と言わぬばかりに大きく目と口を開き、頬に笑みを浮かべている。まるで親の帰りを出迎える子供のようだった。
その嬉しそうな顔が、これから身の上話を聞かせられると喜んでいるように思え、何だか腹が立った。
全休は立ち上がると砂を払い、踵を返して元居た松の根元に向かった。
後ろから水をはね上げる音がして、それがすぐに砂を踏む音に変わる。
「おおい、待ってくれ。御坊は止めに入ったのだろ。何ゆえ引き返す」
思ったとおりだった。決まっておろう、面倒だからだ、と思ったが、口に出すのも面倒。黙ったまま松の木に戻ると、打ち捨てた笠や杖、風呂敷包を拾う。
若い僧侶は追い付いてひざまずき、その腕にすがり付いた。
「お待ちなされ。訳を聞いて下され」
「おおかた身の上話だろ。だいたいな、聞く前に訳を聞けなどと言う奴があるものか」
「お止に入ったのなら、きっと訳をお知りになりたいでしょう。手前は江戸の生まれ……」
「待て待て、何も尋ねてはおらぬ」
「いいえ、お聞きになりたいのです」
そんなは訳無かろう、とは思うものの、しつこいので観念した。まあ、暇だし良いか。
「いたし方無い。話されよ」
全休はそう言うと荷物を置いて砂の上に胡坐をかいた。そして改めて若い法師の顔をよく見た。
色白だが細い目に低い鼻、美男子にはほど遠い。先ほど後ろ姿を見て甘酸っぱい気持ちになった自分を呪った。
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