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第三章 邯鄲《かんたん》
瑞円の阿呆は一文無しなので、米代も宿賃も全休持ち。おまけにおやぎの居る掛川に行かねばならない。
「ああ、気が重い。しかも米一升が二百文もする。そろそろ新米が出回る頃ではないのか」
歳のせいか、独り言を言う全休に、木賃宿の婆さんが答える。
「今年も駄目ずらよ。先月の嵐でこの辺りは、田んぼも畑も潮を被っちゃって。もう九月というに、早稲も中手も駄目じゃあ、晩稲も知れてます。米の値も、七月までは一升百二十文だったんですよ。それが、八月の府中(静岡市)の打ちこわしと、甲州での大騒ぎで跳ね上がって。うちは木賃宿ですから、お米はお客様の持ち込みですが、旅籠は米が手に入らぬと嘆いておりますだよ」
「近頃は米高で、打ちこわしや強訴が多いのう。甲州の大騒ぎなんぞ、打ちこわしが一国に及んだと聞く」
答えながら全休は、袋から買ったばかりの米一升を宿の婆さんに渡す。
「お二人の今晩と明日の朝の分、それから昼の握り飯で良いですかね」
「そうして下され」
客室は六畳一間で、衝立で二つに仕切り、奥に先客、そして手前に瑞円が陣取る。
奥が良かったな。
瑞円の斜に座る。衝立の向こうの先客は、すでに横になっているようで、かすかに寝息が聞こえる。日が暮れたばかりなのにもう寝るのか。
「なあ、掛川へ参ろうぜ」
その声が障ったのか、部屋の手前、衝立の向こうの先客が、あああ、と伸びをする声を出した。若い男の声だ。起きたのだろう。いや良い夢を見た、とつぶやいている。
全休は気を遣い小声で答える。
「最前申したが、おやぎがな」
「まだ言いなさる」
瑞円は無遠慮な大声で言う。
気が利かないな。こういう男はきっと女にもてないから、喜多川に会いに行っても袖にされるだけではないか。
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