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にわかにゴロゴロと雷鳴が響いた。いつの間にか日差しは消えて辺りは薄暗い。空には覆いかぶさるように濃い灰色の雲が広がっている。
「こりゃあ、にわか雨だ。いや、あの恐ろしい雲の色。嵐かもしれねえ。どうだ、雨が降る前に雨宿りの出来そうな所へ参ろう」
瑞円はそう言って全休の袖を引いた。
「何ゆえ一緒に参らねばならぬのだ。わしは勝手に行く。おぬしも勝手にいたせ」
「いいじゃねえか。なあ、一緒に参ろう」
すると今度は松林の方から、ドドドドド、と地鳴りがした。揺れはしない。
「どうなってんだ、こりゃ」
そうつぶやく瑞円はずいぶんと狼狽した様子だ。
全休は努めて心を落ち着けた。松の根元に屈むと、辺りの様子に気を配る。
風が松林の枝や下草を揺らし、その音が耳に響く。それに混じって微かに女の声がした。耳をそばだてる。
「また衆道(BL)ですか」
確かに女の声だ。声のした方を見る。そこは薄暗い松林の中で、下草が繁っている。
それにしても声の主は、なぜかつてのわしの趣味を知っておるのか。
「なあ、どうしたってんだ。林の中に何かあるのかえ」
瑞円は小声で、屈む全休の脇に身を寄せて言った。
「女の声がした。聞こえぬか」
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