第一章 道成寺

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「あれはな、離縁した女房だ。名をやぎという」 「へー、離縁されても追って来るたあ、よっぽどホの字なんだな。うらやましいよ」 「惚れてなどおらぬ。あいつはな、老い先を心配しての事だ。わしはさっきも言ったが、掛川の家中の者だが、家督を甥に譲り渡し、女房を離縁して出家いたしたのだ。ところがそうなるとおやぎの居場所が無い。実家にも帰れぬ。それでわしを連れ返し、還俗させて、悔い返させ(相続を取り消す事)て、元の武士の妻に戻り、子を産んで、出来なければ新たに養子を迎え、その子に跡目を継がせ、老い先の面倒を見させる算段で追って来るのだ」 「甥に継がせるなら養子だろ。養母じゃねえか。その子で良かろう」 「いや、それがそうは参らぬ。わしは次男でな。家督は兄上が継いだのだが、先年亡くなった。だが、息子はまだ幼い。そこで組頭の計らいで、わしが兄嫁と再婚して一旦家督を継ぐはずだったのだ。ところがこの兄嫁が、我が強く利かぬ気で、わしと一緒になるぐらいなら尼になる、と申して、本当に尼になりおったのだ」 「武家の女にしては選り好みが強いな」     
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