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すると男は、あっけないほど簡単にサバイバルナイフをひっこめた。
明石も銃口をさげ、ペンライトの明かりも足元へ落とした。
「さっきの聞いちゃったんだけど、俺さまくんも早い者勝ちだって知らなかったんだよ」
適当な布切れで、ナイフの血を拭いながら男が言った。
「そんなことだったら譲ってたにゃ。こちとら遠征なんてして来てるから、移動だけでもだいぶ時間とられちゃうからね。だったらその間に地元で何件か仕事したほうがいいじゃんね」
なにげに、男はナイフを握ったままだ。
明石も銃口は下ろしたものの指は引き金にかかっている。張りつめる緊張は継続される。相手の動きを一瞬たりとも見逃せない、神経の磨り減る時間だ。目に入りそうになる汗をぬぐいながら、折れそうな集中力をガッツで保つしかない。
「きみらがやって来た物音聞いて、繊細なハートがどれだけ超絶ハードにロックしたことか。やばいよね。あんなにビート刻んだのは生まれたとき以来。知らないけど」
男の口から白い息がもれる。
同じように明石の口元からも、疲労の漂う冷えた吐息と言葉がこぼれた。
「おたがい、今夜はもう帰ろう。温かいもの食べて、湯船につかって寝よう」
すると、階段の方へ歩き出していた男が、バッと顔をあげた。
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