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あの路地を離れたあとは、ネットカフェに籠っていた。奥まった場所にあり、看板も出ていないので、隠れるには都合がいい。騒ぎが落ち着くまで、そして次の仕事の打ち合わせの時間まで、休息もかねて身をひそめていた。
暗い穴倉から出て来た俺たちの頭上には、静かな夕焼けが広がっている。
喫茶店ミス・ストロベリーの扉を押し開けながら、明石が言った。
「とりあえず、梶さんに相談してみようよ。アタッシュケースのこと」
店内にはまだ、梶さんの姿はない。
俺たちは一番奥の席に並んで座る。なじみのマスターが俺たちの分と、まだ空の対面の席におしぼりを置いていく。
明石がジーンズからスマホを取り出して、テーブルに置いたタイミングで着信があった。
「連絡が遅くなって本当にすまないんだが、今日は無理だ!」
となりに座る俺にも聞こえて来る声で、梶さんがまくしたてた。その声は高揚していて、しゃべるのも早かった。いつも淡々とした、落ち着いたしゃべりに比べると、だいぶ取り乱している。
「どうしたんですか。なにかあったんですか?」
明石が訪ねると、すこしのあいだ間があった。
相棒のおだやかな言葉に触発されたのか、深呼吸が聞こえて来る。やがて、わずかに落ち着きを取り戻した口調で返答がある。
「知り合いが、不審なアタッシュケースを持ち込んできた。なんでも、通りすがりの二人組に投げ寄越されたらしい」
明石が「ひぇっ」と表情を強張らせた。
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