104人が本棚に入れています
本棚に追加
「僕の住んでいるマンションの1階の角の部屋がさ、1LDKで、そこ空いたんだ。ちょっと聞いてみたら、今僕の住んでいる1ルームと同じ家賃で住めるらしい」
俺は自分の感情に埋没していて、コウタロウの言葉もとりとめないものにしか聞こえなかった。噛めば噛むほど、優しいコロッケにすっかりやられていたんだ。向かい側の真琴さんの笑顔とね。
「ちょっと、僕の話聞いてる?」
「あ~そこに引っ越したいのか?松田と手伝ってやるよ」
「さと?」
「なに?」
「僕と住んでくれない?」
俺の手から箸が落ちた。ドラマみたいに。漫画みたいに。
そんなことあるわけないじゃん、箸置くだろ?だよね?ヘンなの~さすがフィクション!なんて馬鹿にしていたのに。マンガのように俺の指が箸をこぼした。
軽い音をたてて箸がテーブルから床にころがって、拾わなくちゃと思うのに、俺は動けなかった。言いようのない感情のせいで体が動かなかった。
どうしてだよ!俺がコロッケをどんな思いで喰ってたかしってるか?なんでそんなことを俺に言う前に、こんな場所でいうわけ?この帰省が俺をどれだけ動揺させているのかわかってる?一緒に?なにそれ?なんで?
どうしてだよ……コウタロウ。
「間違ったわね、タイミングもなにもかも。あなたさとちゃんに何も言ってなかったでしょ?」
真琴さんの冷静で厳しい声がする。これほど動揺している姿を真琴さんに見せたことで、コウタロウの「一緒に住む」が幼馴染の同居と違う意味だということを知られてしまっただろう。
「ごめんなさい……真琴さん」
俺は絞るように、たったそれしか言えなかった。テーブルは急にテーブルから無機質な冷たい箱に変わった。3人が閉じ込められているみたいな感じ。自分のせいだ、俺さえいなかったら……その想いに潰れそうになる。
最初のコメントを投稿しよう!