一瞬の未来[1]

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とある高校の校庭の一角、大きな桜の木の下、就職や進学を控えた夏休みの補習 の合間、仲の良い達也と勇の二人が、互いの進路や将来について、たわいもない 会話をしていた。 「お前、親の後を継いで、パーマ屋をやるんじゃないのか。」 達也の問いかけに、勇はムッとした表情で答えた。 「俺は大学に行って、将来は、商社に入って世界を飛び回るんだ。」 「ふ~ん、商社ねえ。俺には、わかんねぇなぁ。」 勇の若者らしい将来像に、イマイチ、共感を持てない達也は、いったい自分の 未来は、どう進んでいくのか、漠然とした不安だけが心を占めていた。 高校を出てすぐの就職に自信が持てない達也は、一応、勇と同様に、進学を目 指してはいたが、将来、特になりたい職業や仕事への夢などはなく、ボンヤリ とではあるが、それなりに成功できればいいなどと甘い考えにとらわれていた。 それもまた、青春の日の一コマであり、社会の厳しさが分かっていないなどと、 達也の若さを責める気持ちになれないのは、普通の大人の感情ではないだろうか。 誰もが等しく、遠く若い日の感傷や不安をほろ苦く思い出し、いい大人になって から、あらためて、青春時代には予想も出来ない、その頃からすれば、遠い未来 にいる、今現在の自分の人生の足跡を恥じるとともに、悔恨とあきらめの感情と が、とめどもなく湧いてくるものだ。 自分の人生は、こんなはずではなかった、と、、。 もっとあの日、あの時、あの頃、違う決断をしていたら、などと、、。 そんな大人の悔恨や複雑な思いを、青春ど真ん中の達也が経験する事になろう とは、勇との会話に興じていたこの日の達也には、知る由もなかった。 「さぁ、そろそろ今日最後の補修が始まる時間だから、教室に戻ろうぜ。」 「そうだな。何だかうす暗くなってきたし、どうやら夕立ちがきそうだから、  補修が終わったら、今日はお好み屋さんには寄らないで、まっすぐ帰った  方がよさそうだな。」 勇が切りだしたのをきっかけに、二人が腰を上げ、大木に手をかけていた達也 が返事をしたその時、ドドォ~ンという大きな音ともに、斬り裂くような稲妻 の光が、達也の目の前を駆け抜けていった。
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