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#03
「で、でもちゃんとスタッフの人とか、音響監督さんとか見てるからっ」
「でも、スタジオの中では二人なんだ」
それでも意地悪く追い詰める夏樹に、浩史はもうやめてくれと言うように眉尻を下げる。いたずらを見つけられた子犬のようになってしまった浩史を、夏樹は引き寄せて腕に抱く。
「ごめん、仕事だもんな。意地悪した」
腕の中で体を小さくした浩史はそっと耳を夏樹の胸に当てる。小さい体をもっと小さくしてしまった彼に、少しばかり悪いことをしてしまったな、と夏樹は思った。
「だって、あんな……。聞かれたくなかった。それに……」
小さく口ごもり黙り込んだ浩史の体が少し熱いことに気が付く。また泣かせてしまったか、と謝罪の意味も込めて細い背中を優しく撫でる。それでも顔を上げない浩史に、どうしたと声をかけるが、やはり応答はない。
「ん、拗ねたか?」
「ち、ちが……う。あの、俺。こういう仕事の時、考えるのって夏樹のこと、だから」
浩史の両手がきゅうっと夏樹のシャツを握り締めた。手の甲に青白く血管が浮き出るくらい強くしがみ付く。
こういう類のCDドラマに出演した時、考えるのは夏樹のことなのだと言う。どんなストーリーでも相手役がどんな俳優でも、思い浮かべるのは夏樹なのだと、縋るような格好で詰め寄られれば、これ以上何も言えなくなる。
「この仕事の時も、俺のこと考えてたの?」
「う……ん」
伏せた目が魅惑的に夏樹の性をくすぐる。こういうふとした瞬間の浩史の面差しは、どんなものよりも破壊力がある。今回のことでも、嫉妬心はもちろんあったけれど、仕事であることも理解している。こうして彼を追い詰めたら、こんな顔をすることも予測できる。
それでも性悪にいじめてしまうのは、夏樹にサディスト的な気概があるからかもしれない。とはいえ、マゾヒストな気のある浩史とは、相性が良いかもしれない。
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