【白い春ー04】

3/3
前へ
/20ページ
次へ
 それだけ言い、木下もまた講堂から出て行った。  珍しい木下の長台詞に遠山ですらすぐに追うのを忘れた。  しかもなんだ、今のまさに「全体を見てます」発言は。あれだけ「わかってる」ならコンマスだって木下がやってもいいのでは。  もっとも「言い方」は決して全体を纏めようとか、全員の士気を上げようといった気概には欠けていたが。  遅れ馳せながら遠山も木下を追いかけ講堂を後にした。  が、そのすぐ先で遊佐と木下が立ち話をしているのを見つけ、なんとなく廊下の角に隠れてしまった。  静かな廊下は二人の声を遮るものなく遠山の耳に届いてきた。 「遊佐ー、さすがにあの第三楽章のアレンジはやり過ぎじゃねぇですか?」  木下の言葉からして、さしもの木下も遊佐があそこまでしてくるには想定外だったらしい。だがそんな謙虚を装った木下の物言いに、なに言ってくれちゃってんのこの子、という態度を隠すことなく遊佐は言った。 「あのな、この発表会には俺の成績もかかってんのよ? 指導者としての採点の意図もあんの。学校でテスト受けてンのはおまえ等だけじゃねーんだよ。しかもこっちはそこに生活かかんだからね。俺の代で第一バイオリニストが一楽章丸々弾きませんでした、なんてことがあっちゃあいっちゃん話にならないでしょう。最初はおまえの弱味でも握って脅してでも弾かせようと思ったけどな、それでもおまえ、信用出来ないし。それにあの遣り方なら、否が応でも奏がピチカートを意識せざるを得ないだろう? おまえより目立てる唯一のチャンスだ。そこで弦を切るほど馬鹿じゃないと信じたいね、俺は」 「はぁー、俺のことは信用しねぇのに、あのオタンコナスには期待寄せてるんですか。依怙贔屓じゃねぇんですか?」 「かわいい子には旅させよ、だよ。俺は生徒それぞれの将来性を買ってんの。あの24小節だって、おまえの『音楽』にスポット当ててやったんだからな、これ以上ないくらい、上手に弾いてくれよ」 「……わかってらぁ」  遊佐の背を見送りながら呟いた木下の声は、寂しさとけじめのような真面目さが滲んでいた。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加