0人が本棚に入れています
本棚に追加
木下はチッとあからさまに舌打ちすると、なんだよこのオタンコナス、と、先の聖と同じ薄茶色の髪を両耳の上でお団子に纏めた少女の空色の瞳に向かって絶対零度の声を発した。
だが少女───聖の双子の妹である奏は動じることなく、おまえ、卒業発表会辞退決定ね、と前置きなく言った。
「あぁ?」
木下が凄むも一歩と怯むことなく、奏は当たり前だという顔と態度を崩すことなく言った。
「ピチカートも出来ないヤツが主席バイオリニストなんて図々しい。コンマスだっておまえみたいな無表情なヤツに務まるわけないし。私達の最後の思い出におまえは不要!」
「ちょ、ちょっと奏ちゃん! それは言い過ぎだって……」
「別に構わねーぜ、眼鏡。負け犬の遠吠えなんて俺の耳には聞こえないし」
「なにをぉ!」
「落ち着いて、奏ちゃん! そもそもパートの正式発表は来週だって───」
先生言ってたでしょ、と眼鏡の西村康治が宥める間もなく、
「発表されてからじゃ遅いから言ってるんでしょうが! やる気のない人間は参加しなければいい!」
「やる気あり過ぎる奴も問題じゃねぇの? ピチカートごときでどんだけ弦、切りまくったっけ? 普通ねぇよな、指で弦切るヤツ。馬鹿力のセーブも出来ねぇ奴こそ迷惑じゃね?」
「う、うるさい! あれは───」
子供の喧嘩は終わりそうにない。遠山は木下の頭の天辺を掴むと、
「真吾、帰るぞ」
強引に終止符を打った。逃げる気か、とまだ騒いでいるもう一人のガキに関しては眼鏡に任せることにして。
学校から寮までの距離は夏場なら10分程度。雪が積もればその約二倍。今年の雪はいつ頃から降り始めるだろう。
その時期が待ち遠しいような、出来れば来て欲しくないような、相反する想いを抱えながら遠山は後ろから着いて来ている木下にそっと目をくれた。
最初のコメントを投稿しよう!