元人間の少年吸血鬼

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 静かな暗闇の中に蠢く影が三つ。聞こえてくるのは、この街の象徴でもある噴水の水音と、瓶がぶつかる音、その中に入っている液体の揺れる音。そして、密談する男女の声。  蝋燭の灯りが、ぼうっと揺らめき、密談する三人の人影の顔を照らす。  その内の一人、紫苑色の髪を持った長身の男が口を開いた。 「それで、幾ら欲しい? 幾らで売るつもりだ?」  試験管の蓋代わりのコルクを開け、中に入った赤黒い液を舐めて口元を歪めた。どうやら、彼の好みではなかったようだ。  彼の口には、長く鋭い犬歯が……。  蝋燭の灯りがその男のモノクルに反射して、彼の瞳がヘテロクロミアだと言うことを明らかにした。モノクルのされている側、総ての色を映す透明に近い銀色の瞳が灯りのモノクルの反射で煌めき、反対側の瞳は髪色と同じ紫苑色だった。  モノクルに薄く紫苑に近い色でも塗ってあるのか、男の瞳はモノクル越しに見るとヘテロクロミアには見えない。 「ざっと5000万ペールってところ。正直言って、売れる味では無いでしょ?」  男の問いに答えた金髪の女性。ブロンドと言うには明るすぎる金色の髪と濁った色をした青緑の瞳。その髪色に染めているのかも知れない。  絹のドレスから手を伸ばし、男の手から試験管を取ると、中の赤黒い液を自身の手の甲に一滴垂らし、一舐めした。  美味しくはないのだろう、女は顔を歪め「よくこんなモノが口に出来ることね」と明らかに、長身の男を見下した瞳で小さく言った。  其れを見守る三人目の影。身形の良い、丸眼鏡の知的なこの男はこの家の主でもある。そして、金髪の女の夫でもあった。  女と比べて透き通る様なサラサラとしたハニーブロンドの髪を清楚に切り揃え、絹の衣装と紅玉の装飾品。彼の経済的地位が高いことも、決して成金ではないことも、目に見て取れた。 「5000万ペールだァ? そりャまた、随分な値段張るこった」  女が提示した値段は、男の予想を遙かに超えていた様で冗談だと言いたげな表情だった。 「はーァ、天下のクロッカス侯爵は金不足かァ? 可笑しいなァ、王家に近しい侯爵家が金不足たァ、聞かねえぜ。あぁ、5000万ペール位、端金だと言いたいんだな、コレだから『人間』様は」  喉の奥で厭らしく笑いながら、男は皮肉を口にした。人間、その単語を強調しながら。
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