元人間の少年吸血鬼

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「失礼だな。ロズウェル君」  今まで、大人しく聞いていただけの男が反論した。  丸眼鏡の男、彼はアルセウス=クロッカス侯爵。ロズウェルと呼ばれた紫苑色の髪の男が言うように、この街で王家の次に財力が有る家だ。  ロズウェルがくつくつと笑う中、冷静な眼差しで彼を射るように見るアルセウス。 「そう、5000万ペール位、あたしからすれば端金。アンタらからしたら、大層なお金かも知れないわね。アンタらからしたら。だけど、いくら不味くてもアンタらがコレを吸わずには居られないでしょ? コッチに来たら、騎士団が問答無用で狩りに来るものね」  そんな中、女が気怠そうに言った。気怠そうに……否、絶対的な上下関係を意識しての発言か。女は薄ら笑いさえ浮かべていた。絹のドレスでいくら着飾っても、椿や薔薇の露でいくら香り付けても、女の成り上がりで傲慢な性格は変わらなかった。  彼女は、マリーナ=クロッカス侯爵夫人。  侯爵夫人と言うには、淑女としての淑やかさも、知性さの欠片もなかった。  其れもそうだろう。マリーナは、アルセウスの様に貴族の生まれではないからだ。 「相変わらず、馬鹿にしたような物言いだな。地上の女は怖いねェ。クロッカス侯爵も大変なことで」  ロズウェルは、マリーナの暴言も傲慢な態度も気にしていなかった。彼にとって、それは見慣れた〝人間〟だったからだ。人間は如何せん、至上意識が高すぎるのだ。そして、多種族に偏見を持ち、更には排他排斥しようとする。ロズウェルは人間こそが一番愚劣で哀れな生き物だと考えていた。  アルセウスはそんな妻の態度に一喜一憂し頭を痛めている。可哀想な事に、まんまと罠に掛かった自分の父を恨むほか無い。アルセウスは、マリーナがこの様な人物だったとは知らなかったのだ。この時代は、よくある親が決めた、婚約者だったから。それが、相手側の政略結婚だったことを知ったのは、アルセウスが侯爵の地位に就いてからだった。 「しかし……奥さん、アンタ勘違いしてるぜェ? 別段、俺ァ等はコレを摂取しなくたって生きていける。その吸血衝動が故に摂るだけだからなァ」  呆れを口にしたロズウェルは、マリーナから試験管を貰い、それにコルクの栓をして元の場所へと戻した。  試験管の中に入っている赤黒い液体、それは酸化を始める前の、血液。誰の血液か等、誰も知らない。
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