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朝、八時五十分。春のうららかな日差しに眠気を誘われながら、俺はゆったりと大学内を歩いていた。二年生にもなれば授業が少なくなると聞いていたのに、全然だ。毎朝一コマ目が入っているではないか。そんな不満も欠伸と一緒に噛み殺して、授業が行われる教室を確認すべく掲示板のある学生ホールへ向かう。ホールは学生で満ちていた。小さな工業大学ゆえその大半は男だが、デザイン科があるため、ぽつりぽつりと女子が存在する。
音漏れを気にして音楽プレイヤーの音量を絞る。途端に、周囲のざわめきが耳に飛び込んできた。
「ねえ、あの人めっちゃかっこよくない?」
「あのイヤホンの人? 分かるー、超やばい」
女の子の黄色い声。その目線の先に俺がいることは、見なくても分かっていた。――なんて言うと、どんだけ自意識過剰なんだコノヤロウと言われそうだが、実際に彼女らは俺を見ているのだから、そしてこれまでもこういうことは多々あったのだから、仕方ない。
「あんな人うちの大学にいたんだ」
「え、アンタたち知らないの? 有名な人だよ」
ああ、有名だろう。俺は『大学一のイケメン』らしいから。といっても同じ科の同期たちの談だが。
俺がライトノベル作家なら、俺という登場人物をきっとこう描写する。
きりっと涼しい目元にすっと通った鼻梁、きゅっと持ち上がった口角、自然にふわりと流れるブラウンの髪。百八十に届こうかという長身に、すらりと伸びた手足。まるで漫画の世界から飛び出してきたかのような、完璧なパーツが完璧なバランスで配置された容姿に思わず感嘆の息が洩れる。朝の日差しにくったりと細められた目は物憂げに人込みを見据えていた……――。
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