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この講義室は狭く、席も長机を八つ並べて、その前に背もたれのない長椅子を据えただけだ。ひとつの机には詰めても三人しか座れない。四人組である我らのうちひとりは誰か一人が犠牲にならないといけないわけで。後ろの席で山田くん(?)らが他愛のない話で盛り上がっているが、今はそこに加わる気にはなれなかった。あんな公衆の面前で萌えTシャツを露呈させて女の子をドン引きさせた山田くん(かな?)に少しいらだっていたのもある。自分で好んで着ているのだし、そんなには気にしていないが。それでも、あんなやり方を選ばなくてもよかったのに、と。
そんな風に考えごとをしていたから、話しかけられていることにしばらく気づかなかった。
「あの……」
消え入るような声がイヤホン越しに聞こえてくる。驚いてバッと振り向けば、男が一人真横に立っていた。
一言で言えば……陰キャラ。真っ黒な髪は長くモッサリとしていて、ただでさえ背が低いところに猫背気味なので顔がよく見えない。銀縁の眼鏡もいかにも野暮という感じだし、超絶萌え豚オタクである俺なんかよりも、はるかにオタクっぽかった。
「あの、隣……空いてますか」
ぼそぼそ、と。おおよそイヤホンをしている人間に話しかける音量ではない声で問いかけられる。振り返ってざっと教室内を見回せば、確かに空いている席はここ以外にほとんどなかった。
「ドウゾ」
俺なんかの隣でよければ、と自虐的な言葉を胸の中で付け足して、長椅子に置いていたリュックをそばに寄せる。眼鏡くんはありがとう、とぼそぼそ言うと、ショルダーバックを机に置いて席についた。そのとき。
ガシャァアアンと大きな音がして、俺は誇張ではなく飛び上がった。座ったその体勢のまま、ぴゃんっと腰が浮いた。
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