待ち合わせ

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停車予定時間ぴったりに電車は駅に着いた。 大勢の人間を乗せた箱の扉がやっと開いて生ぬるい風が吹き込む。同時に箱の中は躍動し始め人の肩、人の足、人の鞄が体のあちらこちらにぶつかる。僕はそれが不快でならない。小さな暴力に曝されているように思う。その暴力を避ける為ならば、僕は腰を落ち着けるのではなく、ドアの端の方に細くなって息を潜める事を選択する。ドアが開いたその瞬間、一歩で線路を跨ぎホームへ飛び出た。箱からの排出が終わるまで律儀に2列に並び待つ人達を横目に早足で改札へ向かう。歩きながらポケットに入れていたICカードを取り出し淀みなく改札を通過する。カードはもう暫く使わない。駅中央出口へと歩を進めながら財布に収納する。出口にはすぐ着いたが、予想していたよりも広い空間だ。目印となる物を決めておけば良かったか。雑踏の中、暴力を避ける為に壁際に背中を付けて寄りかかり、壁と一体化する。目だけを動かし視界の端から端までを見廻してみる。ああ。 見慣れた彼女の顔を見つけた。 海が青いのは何故か。 駅前の雑踏を抜け出してから、彼は開口一番にそう言った。彼は理屈っぽくて衒学趣味的なところがあるけど、そんな話を聞くのも退屈ではない。空の色が反射しているからじゃない、と答えたらその回答は小学生以下かもしれないと軽く罵られた。彼が言うことには、太陽から地上に降り注ぐ光は透明ではなく虹のように様々な色が混ざりあっていて、波長の短い色――紫や青というのは吸収されにくく、散りやすい色なのだという。海面や海中の浮遊物、海底に反射してあの海の色になるのだ、という。だったら、自然界の規則が少しでも違えば、赤い海も黄色い海もあり得たのかもしれないのね、などと言うと彼は笑った。珍しい。こんな月並みな感想、普段は取り合わないのにね。 彼は話を続ける。珍しく饒舌だ。 言いたいことがあるなら言ってしまえばいい。 「赤い海といえば海草や微生物の異常発生によって引き起こされる赤潮があるね。黄色い海は中国大陸に黄海があるけどあれは黄土が流れこんで黄色く見えるらしいね、僕はいつもの青い海が一番安心できるよ。太陽光が遮られる夜の黒い海は恐ろしいね。うん。ええと、ああ、そうじゃなくて――」 「その青いワンピース、とても似合ってる」
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