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それがいけなかったのか。いや、別に悪いわけじゃないんだ。ただなぁ。だからといってなぁ。うん。それってなんだよって話だよなぁ。
嫁がほしいだとか同居人でも可ってやつだよ。
目の前のテーブル、うん。そんな立派な物じゃないな。脚の短いあれだ。いわゆるちゃぶ台だ。その上にのる物。料理を見る。ため息をつく。正面に目を移す。ため息をつく。膝に目線を下ろす。ため息をつく。ちゃぶ台の上を見る。ため息をつく。エンドレス。
「えっと…ため息ばかりつくと幸せが逃げるそうですよ?」
何度目のため息をしただろう。きっと10回は越えている。もしかしたらその倍かもしれない。そんなタイミングで声かけされたわけではあるが。もしそれが事実なら俺はどれだけの幸せを逃してしまったというのだろうか。大きく息を吸い込んだら取り戻せたりしないかな?
そんなちょっとした思考の放棄、いわゆる現実逃避を試みたものの。話しかけられたら返事をする。礼儀である。ついでに一般常識だ。ゆえに応えないわけにはいかない。それも今のこの現状を打開するのに必要ならば尚更である。
「………これは?」
「御馳走です!」
「…………………」
だが残念。無念である。打開できなかったでござる。
御馳走。その言葉に普通は何を思い浮かべるだろうか?ステーキ?お寿司?中華やイタリアン、フランス料理?どういったものを思い浮かべたにせよそれは高級なものだったり普段口にできないものだったりすると思う。さて、ではそれを踏まえたうえでもう一度ちゃぶ台に並べられた料理を見るとする。
胡瓜の漬物。胡瓜の味噌和え。胡瓜の酢の物。胡瓜スティックマヨネーズ添え。胡瓜の…
「胡瓜しかねぇ」
これである。これは果たして御馳走と呼べるのだろうか?呼んでいいのだろうか?
「………使える食材が胡瓜と調味料しかなかったんです。ごめんなさい」
そんな俺の呟きに反応したこれらの胡瓜料理の作成者たる――彼女は。申し訳なさそうに小さな身体を丸めた。
ジュウジュウ。コトコト。
フライパンに敷かれたアルミの上で鯖が3切れその身から脂を滴らせ、その横では鍋の中で豚肉と大根や人参が泳いでいる。そう。焼鯖と豚汁である。
「うわぁ。美味しそう」
そして後ろで目を綻ばせ口から涎を垂らさんばかりに見つめる者が。はい。只今調理中。俺がである。
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