青魂

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 そうして混ぜているうちに、コールタールの色が段々と薄まり、ついに透明の液体に変わった。キラキラ光を反射して、時折虹が見える。キレイだ、と思った。 「よーく、のぞいてみろ」   小さな子どもが、近付いてきて促す。僕は鍋の中をじっと見つめた。液体の上で光は乱反射し、ゆらゆらと僕の顔を映し出した。そう思ったが、実際に映っているのは他の誰かの顔だった。とても悲しそうで苦しそうな顔だ。僕はその顔を見ると、嬉しくもなり、胸が痛くもなる。手を伸ばして触れようとすると、当たり前のように消えていった。  涙が零れる。全くの無意識だったので、驚いた。 「ああ!不純物が入らないように、気をつけろ!」  人の涙を不純物呼ばわりするなんて、非礼にも程がある。僕は涙を強引にぬぐい、小さな子どもを睨みつけた。 「いいか?今からこれを少しずつ入れる。お前は、焦げ付かないように大事に混ぜろ」  滴を集めていたマグカップを二つ、小さな子どもは鍋の傍に置いた。これは何かと尋ねると、元はお前のだ、としか答えてくれなかった。 「途中、どうしても辛くなると思うが、混ぜる事に集中しろ。思い出しても、ただ、混ぜ続けるんだ。分かったな?」    僕は何一つわからなかったが、了承しないと次に進めないと思ったので、大きく頷いた。 「少しずつ、入れる。でも、最後まで止めないからな。あと、他の物は混ぜ込むなよ?」  小さな子どもは脚立に登り、マグカップをそろりと傾けた。滴は、銀色の糸となって鍋へ落ちる。僕は木製の匙でゆっくり混ぜた。滴が混ざった所は、青く染まっていく。 「あうっ……」  突然の痛みに、僕は顔をしかめる。小さな子どもが、続けろ、と叫んだので、何とか手を止めずに済んだ。  痛い。痛い。どこが痛いのか、はっきりと分かった。経験したことのある痛みだ。肉体の痛みなら、どんなにいいだろうと思った。そこには上限がある。けれど、心の痛みは、どこまでも深くなり、どんな薬をつけても、気休めにさすってみても、一向に収まらない。  大粒の涙が次から次へと溢れてくる。瞬きをしなくても、ある程度まとまりすぐにこぼれ落ちた。小さな子どもに指図される前に、涙をぬぐう。僕は泣きながら、鍋を混ぜ続けた。小さな子どもは、僕の様子をチラリと盗み見しながら、無言で滴を鍋に足した。
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