舞い散る桜・1

1/4
前へ
/186ページ
次へ

舞い散る桜・1

 古ぼけたラジオのアンテナをたて、ダイヤルを回す。電源ランプは赤く光っているのになんの音も拾わない。どこの局にもチューンできない。時折、ガ、ガ、ガ、と、耳ざわりなノイズを発するだけ。  それでも僕は耳を澄まし続ける。たとえば遠い星の遠い国のだれかの声や、僕の知らない曲のメロディのかけら。不意にそんなものを拾って、僕に聴かせてくれるような、そんな気がしてならなかったんだ。  ポケットに入るサイズの、ちっぽけなトランジスタ・ラジオ。若くして逝った叔父が僕に残した、唯一の、形見だ。                   *  今日はノイズさえも聞こえない。古いアーチ型の石橋にもたれていた律(りつ)は、軽くため息をつくとラジオの電源を落とし、制服のポケットに仕舞った。  田んぼの中を突っ切るように流れる大野川のせせらぎは今日もやさしく、春のひかりを跳ね返してきらめいている。土手には菜の花やほとけのざが咲き、やわらかい若草のみどりいろと混じりあっている。  頭が鈍く痛んで、こめかみをおさえた。最近頭痛が頻繁に起こる。疲れているのかもしれない。もともと、気圧の変化に敏感な質でもある。     
/186ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加