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「じゃぁ最後、霧咲」
「はい」
えらく美人な子だなと思った。椅子を引き、立ち上がった。ただそれだけなのに、妙に艶めかしく見えた。高校一年生とは思えない、独特の色気がある。
薄桃色の形の良い唇が開き……彼女は言った。
「私が好きな単語は……青です 」
「――っ?」
なんだ、今の……?
文字が見えなかった。
いや、正確には、何かの文字は確かに出ていたのだが、把握しきれなかった。
こんなこと……生まれてはじめてだ。
僕はぶん殴られたような衝撃を受けながら、平静を装って口を開く。
「……あー、すまない霧咲。もう一度言ってくれるか?」
「分かりました」
「私は青が好きです」
……そういう、ことか。
目を凝らして良く見れば、所々に文字が垣間見えた。ただ、あまりにも文字の中に込められた気持ちが大きすぎて、重なり合い、絡まり合って、文字として認識できなかったのだ。
もちろんこれまでにも、一つの文字や単語の中に、多くの想いを乗せる人に会ったことはある。
例えばそれは、亡くなった奥さんの名前であったり、自分の人生を変えた名著のタイトルであったり、大切な思い出が詰まった場所だったりする。
ただ、そうして出会って来たどんな人物よりも、彼女は「青」という一文字に並々ならぬ感情を込めているようだった。
高校一年生、まだ十六歳だ。
一体どんな体験をすれば、人生を送れば、こんな言葉を発することが出来るのか。
気になると同時に僕は少し……怖くもなった。
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