ブルー・キラー

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「先生?」 「あ、あぁ、すまない。えーと……そうだな、「青」か。シンプルでいいな。その文字が好きな、理由は何かあるのか?」  僕は気取られないよう、しかし恐る恐る尋ねた。  一体どんな理由が飛び出してくるのだろう……。 「特にありません」  そんな僕の気持ちを裏切るように、霧咲はさっぱりと答えた。  嘘を付くな、と思わず叫びそうになる。  あれは最早、心の闇と言い換えてしまっても差し支えない程の重みをもっていた。  なぜ言わない? なぜ、隠す?  いや……これ以上深入りしない方がいいのかもしれない。  彼女、霧咲スミレは、間違いなく僕が今まで相手にしたことのないタイプの生徒だった。  そして、僕に御しきれるかも分からない程に、理解できない相手だった。 「そうか。理由なく好きな単語があるっていうのも、いいものだな。青、と言えば、日本語には『蒼、碧、藍』と、色々と表現の仕方があるんだけど、どう違うか知っているか?」  だから僕は、彼女の闇に気付かなかったフリをして、にこやかに授業を進めることにした。一人の生徒への理解を放棄することに、そこはかとない罪悪感はあるのだけれど、だけど僕は聖人じゃない。万能の神でもない。  彼女に飲み込まれてしまえばきっと、クラス全体への理解がおろそかになる。  だから許せ、霧咲。僕は君の心に、踏み入らない。君の青には、染まらない。  授業をつつがなく終え、僕は教室を後にした。  霧咲スミレ。  そういえば彼女は、入試で学校始まって以来の高得点をたたき出し、教員全員を沸かせた優秀な生徒ではなかったか。  聡明な子ほど裏では何を考えているか分からない、なんて言葉は、今まで僕と無縁だったわけだけれど……どうやら撤回せざるを得ないようだ。  廊下を歩き教員室への歩を進める。休み時間だというのに、随分と人が少ない。  窓から中庭を見下ろすと、また人だかりができていた。あちらに皆行っているのだろうか。  体育担当の武田先生が、何か叫びながら生徒の群れの中へと押し入っていく。  後で何があったか聞いてみよう。 「先生」  とんとんと肩を叩かれ、振り返る。  液体のように滑らかな黒髪。  染み一つない美しい肌。  少し吊り上がった、切れ長な目。  霧咲スミレがそこにいた(・・・・・・・・・・・)
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