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「ど、どうした、霧咲」
さっきのことを思い出して、不覚にも口ごもってしまった。
こんなことではいけない。少なくとも本人の前では、毅然としていなくては。
「授業内容で分からないことでもあったか? ……と言っても、今日は大した話はしてないけど」
「いえ、授業はとっても楽しかったです。ふふ……先生、漢字がお好きなんですね」
硝子でできた鈴を転がしたみたいな笑い声と共に、彼女は楽しそうに顔をほころばした。
色気とあどけなさが入り交じった、背徳的な美しさがある。
「あはは、そうなんだよ。まぁこれから一年、嫌というほど薀蓄を聞かせてやるから、覚悟しとけよ。二年生、三年生には、いらない知識が増えた、ふざけんなってもっぱらの評判なんだ」
「うふふ、楽しみにしてます。あの……ところで先生」
「ん、なんだ?」
彼女は、僕の目をまっすぐに見据えて、言った。
その強い眼光は、自分から目を逸らすなと、主張しているようだった。
「顔が青いですが、体調、悪いんですか?」
「――っ。そ、そうか?」
「青」という単語に、思わず身構えた。その文字の中に、さっきのような濃厚な文字の羅列は見えない。
「えぇ……。その、さっきの授業中、だんだんと顔色が悪くなっていったので心配で……。最後の方は本当に真っ青でしたよ?」
見えない。
「今も青白いですし……。ちゃんと、青野菜とか、食べられてますか? 先生、今はご実家から通われてるんですか? 一人暮らし? ご飯、手抜きなんじゃないですか?」
見えない。
「手軽に栄養を取るなら、青汁とかおススメですよ。あ、後ちゃんと朝、太陽の光を浴びるのも大事みたいです。青空が見える日は、窓の前で大きく深呼吸するといいんですよ」
見え、ない。
彼女は喋り終えると、そこで一呼吸置いた。
相変わらず、僕から目線は外さない。僕も目線を、外せない。
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