ひとつまえの自分

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そうだったとして。 救われたいと思うことのなにがいけない。誰も理解を示さないやり方で、欲しいものに手を伸ばすことのなにがいけない。二度と会えない人にそれでも会いことのなにがいけない。そばで心配するしかできなかった家族なんか勝手に泣かせておけばいい。 「ふわとろ卵のオムライス。甘くてほろ苦いデミグラスソースのハンバーグ。ギムガムチェックのテーブルクロス。黒板を持ったコックさんのオブジェ。煙を吐かない偽物の煙突」 どれほど街明かりから遠ざかろうと真夜中の高速道路が眩しいほどに煌いて映るのは、ライダー達の砕け散った「願い」のかけらが闇の中で瞬いているから。 名も知らぬ誰かの形なき墓標だけが同胞といえた。 『ひさしぶりだニャ、ぼうや』 その声は、ハンドルの向こう側から聞こえてきた。透明なフロントカウルにもふっとした白くてちいさな手をひっかけよじ登ってくる。シートの手前、タンク部分に尻をつけて座ると南を見上げた。 『もうぼうやだなんて呼べニャいか。あー。ちっちゃい頃からずっと見守ってきたけど相変わらず君は美しいのニャ』 白い猫の姿で人の言葉を話すこのへんてこな生き物は、幼い頃からずっと南のそばにいた。 『君の造形を考えるのに僕はすごくがんばったニャ。昔シルクロードを旅したとき魅了されたキャラバンの美しい踊り子とか、小さな王国で女王のページボーイをしていたかわいい少年とか、世界を巡り見てきた美しいもの達のいいとこどりをしてデザインしたのニャ。他を圧倒する天性の華を咲かせてやろうって思ったのニャ。だって世の中は子どもだけでホームレスをして生きてはゆけニャい。ちいさいころは家族というコミュニティーに属しオトニャになれば社会に貢献し・・・ニャんだっけ? そうそう、税金ニャどを納めながらいろいろな役目をこなしてゆかニャければニャらない。見た目が美しい方が絶対にお得ーーー』 「いったい何しに来たの?」 黙っていたら永遠と続きそうなおしゃべりに割け入った。
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