ひとつまえの自分

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だってこっちに来てから職場や寮の新しい人間関係を介して知り合う女といったら、自分の好感度を上げることに脳みその大半を使っているような人間ばかりだったから。 会って間もない間柄で南のことをほとんど知らないくせに「すごいよね!」「さすがだよ!」と称賛してくる自称あげまん。「うんうん、そうだよねー」とがくがく頭を振りながら上辺だけの共感を示すうなずきん。スタバのテイクアウト用カップを頬に添え「定員さんが描いてくれた猫ちゃんのイラスト超かわいくってほっこり♪ この癒しをみんなにもおすそわけ?」とかなんとか理由をでっちあげては媚びた上目遣いの自撮り画像を毎日アップするような。そういう人間達に、さっきのエアバイクは絶対できない。 名前を知らないし尋ねようとも思わないまま、整備は自分でやってるの?とか、カスタムのこだわりは?とか好きな物について話すのは楽しかった。逆にいえば家はどの辺なの?や、仕事は何してるの?みたいなバイクと無関係の質問をむけられた瞬間、一気に興ざめすると思った。お互いに同じ気持ちだったのかも。二人共バイクにつながることに限り自分について話した。 今の乗ってる隼は二台目で、はじめてのバイクはホーネットだったと教えてくれた。バイクを新調した彼氏のお古を貰ったこと。名前の通り、スズメ蜂のようにセクシーなからだをしていたこと。長く男が愛用した後だったから各所にがたがきていて乗れた時間は短かったこと。あの赤い隼は自分で買ったと誇らしい顔をした。 南がバレットは高校の卒業祝いと就職祝いをかねての家族からのプレゼントだったと教えると「最高の家族だね」と言った。 「君のバイク。あの型式ってさ、今は生産終了してる上にもともとのつくられた台数が少ないんだよ。だからほとんどコレクターが買い占めてるしなかなか手放さないって聞く。わたしも実際に自分の目で見たのは今日はじめてだった。君があの子に出会えたのはすごく幸運なことだと思う・・・・・ねえ、君はいつもこんな真夜中にたったひとりで走ってるの?」
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