ひとつまえの自分

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「夜の高速道路が好きだから」 「どんなところが?」 「特別なところ」 答えるとがぱっとからだを乗り出して「どうして特別だと思うの?」と強い興味を示された。南はちょっと考えてから「おじさんセダンとかおばさん軽がいないところ」とごまかした。 「ふーん・・・だけどその分私達(バイク)のこと人間だと思ってない奴らがうようよいるけど? まあ、こっちもあいつらのこと障害物だと思えば楽しめるか」 女はそう口にしたあと短いため息をついた。 「なあんだ・・・」 ベンチに背中を預けながら細い首を反らし、白い星が散らばる天井を仰いだ。 「期待はずれな答えだった?」 「別に。ただ、君はここの噂を知ってて走ってるんだと思ったの。そういうわけじゃないんだね」 「噂って?」 「今私達がいる足鷹SAを挟んだ忍野崎から桃源ヶ原の150キロ区間を、一部のバイク乗りは『亡くしてしまった大切なものをもう一度取り戻せる場所』、そんな風に呼ぶ。あるじゃん。願いを叶えてくれる神社やお寺みたいなの。パワースポットっていうの? それと似たようなもの」 「そんなの本気で信じてるの?」 「うん、信じてるよ」 揺るぎのない意志の籠められた声だった。 フライパンの上で溶けはじめたバターみたに淵のにじんだ月を、真昼の太陽でも仰ぐように瞼を細めて見つめながら「たとえば、こんな人がいたの」と続けた。今夜の自分達のように真夜中のサービスエリアで知り合ったバイク乗りの話だという。
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