ひとつまえの自分

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眠らない夜を選ぶものたちのために、世界はいたるところでそれなりに気のまぎれるイベントを用意してくれている。先々週lineIDを交換したばかりの相手に誘われた飲み会、月に一度は開催される誰かのバースデーパーティー。クラブのオールナイトとか、もしくは班の先輩からお願いされた期間限定配信クエスト極ベヒーモス討伐のお手伝い。 そこに行けば誰かしら高橋みたいな心根の優しい人間が、南の浮かない表情を気に留めて「大丈夫か?」って心配してくれることだろう。自分にできることがあるなら言ってくれと手を差し伸べるかもしれない。 だけど、幸せな人間に用はなかった。 抱える悩みのレベルなんか、せいぜい目が二重だったらとか足があと二cmセンチ長かったらとか自分の恋人より親友の恋人のスペックが高いとか彼氏がメールを既読スルーするとか彼女がセックスさせてくれないとか今日みんなの前で上司に怒られたとか、そんな程度のものだろう人間には。 幸せな人間に、南にのしかかっている重いものを「半分持ってやる」と手を差し伸べられるより、「自分は両手が塞がっててあなたに何もしてあげられないけれど、あなたと同じやっかいな問題を抱えているよ」と、不幸な誰かに言ってほしい。 真夜中の高速道路を意味不明な速度で夜な夜な疾走しなければ自分を保てない人間には、程度の差こそあれ問題がある。 そういう人間がわらわら集まってくる場所だから南はここが特別に好きなのだ。 今度は誤魔化さず言うことにした。 「子どもの頃から、ずっと同じ悪夢にストーカーされてる。だから夜に一人、ベッドで目を閉じるのが怖い」 だからここに来る。 「どんな夢?」 「気づくと真っ暗で何も見えない場所にいて、からだ中痛くて痒い。寒さに空腹。でも、一番嫌なのは時々気色悪い羽根音を鳴らしながら、俺が完全に動かなくなるのを待ってる周囲の気配。助けを呼ぶ自分の声は人の声じゃなくって・・・これじゃ誰も来てくれないって悟ったけど、叫ぶのをやめた瞬間にやつらがいっせいに飛びかかってくると思うから喉が焼けるほど痛くても声を上げ続ける・・・・・・そんな夢」 南はもう行く、と腰を上げバレットの元に向かった。
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