ひとつまえの自分

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『起きてる時の君にもう僕の声は届かニャいから眠ってる君の中に侵入したのニャ。いつもの悪夢の中にいるのかと思って探したけど・・・今夜は懐かしい夢を見ていたんだね』 「うるさい」 『つかの間の、お友達の夢。あの子は可哀想だったニャ~』 先端の黒い、筆のような尻尾で頬を撫でられたとき、南は自分がヘルメットをかぶっていないことに気付いた。うっとうしく纏わりつく尻尾をふりはらう。 「見てたならなんとかしてやれよ。お前ならそれができただろ」 白い猫は目を細めた。 『神様が絶対無条件に人間の味方ではないように、僕だってすべての子どもを手放しで愛するいきものじゃニャいんだよ』 これまでにこいつが叶えてくれた数々の願い事。たとえば七歳のとき。リトルリーグの試合で着るユニフォームの背番号はくじで決めることになっていたけれど南にはどうしても欲しい番号があった。そのとき憧れていたプロ野球選手と同じ番号。 部屋でひとりのとき、ぽつりと願いを口にする。南のベッドで爪を噛んでいた白い猫が『そんなの簡単ニャっ』と得意げに言った。くじで引いたカードには希望の数字が書かれていた。 叶えてはくれなかった願いもある。じいちゃんの病気を治してほしいという願い。れいを傷つけた男をひどい目にあわせてほしいという願い。 南が役立たずと罵ると、白い猫は『もうかわいくニャい!』とへそを曲げ、どこかへ消えてしまった。以降はそれまでのようにはっきり姿を現さなくなったが、時折、ベッドの下から尻尾が伸びていたり、耳の尖ったシルエットがカーテンに映っていたり、気配は感じていた。 『なにしにきたのかって質問。君にお別れを言いにきたのニャ』 「お別れ?」
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