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『原っぱで野うさぎを追いかけるのが大好きだったひとつ前の君は、そのちいさな生涯を終えるとき、次があるのなら人間になりたいと願った。人間になってどうしても会いに行きたい人がいるんだって。僕は反対したんだよ。だって引き継げるのはただ「誰かを探している」という漠然とした思念だけだから。今の自分のことも相手のことも記憶に留めておくことはできない。そうどれだけ説明しても君は絶対に探し出すとひかなかった』
道を照らすナトリウム灯のオレンジが、遠くの方からこっちにむかって順々に消えはじめる。
空ではふくよかな月の表面にびきびきと亀裂が走り、クッキーのごとく真っ二つに割れた。
思い出のかけらを集めて構成した幻の世界が崩れていく。
もう、ここにはとどまれそうにない。
落下してきた月の半分が鉄塔を押しつぶす光景を、茫洋と眺める南に、白い猫はもう一度『ねぇキャット』と呼びかけた。
『思うに、会いに行きたい誰か。つくり出したい何か。そういうのが「人」を生かす。目が覚めたあとの世界でさんざんな思いをしたり、誰かに打ちのめされたり、消えてしまいたくなるほど自分のことが嫌になっても・・・キャット、君はそのときそのときにできることや自分のやるべきことを探して。生き抜かないと』
あなたはひとりじゃないと教えてくれた赤い隼のテールランプ。好きな場所で好きに生きていいと頭を撫でてくれたじいちゃんの手。
ちがう、と南は言った。
「俺は、会いたい人やつくりたいものが人を壊すって思ってる」
『本当はそうじゃないって僕に見せてよ。おしゃべりできなくなってもずっと見守ってるから』
白い猫は伸びあがり、南の頬に鼻先をくっつけてお別れのキスをした。『いい人生を』そう囁いて消えた。
目が覚めて、最初に見たのは背中だった。愛してると南に言った男の、電話している背中。
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