0人が本棚に入れています
本棚に追加
我に帰った俺は、ボロ雑巾のように転がった少年に叫んだ。
「そいつは、キャンサーっていう化け物だ!鉄パイプじゃ、素手じゃ、サポートなしの身体能力じゃ勝てないんだよ!」
蹲り、動かない彼にこの言葉が届いているか、わからなかった。
▽
「そいつは、キャンサーっていう化け物だ!鉄パイプじゃ、素手じゃ、サポートなしの身体能力じゃ勝てないんだよ!」
遠くなった耳に、あの子の声が聞こえる。
ぼやけた視界に、この状況を明らかに楽しんでいる怪物が映る。
身体の至る所が痛い。何度も地面を転がり、あちこちを擦りむいている。
うまく息が吸えない。口の中に苦い鉄の味が広がる。
痛い。苦しい。
けれどもオレは、笑っていた。
「ああ。確かにオレは勝てないかもしれない」
「え?」
「そんなかっこいい鎧を着けた君が一撃で吹っ飛ばされて、鉄パイプで殴っても鉄パイプが曲がって、さっきから手を抜かれてるけど本気を出されたらオレなんか多分一瞬で──」
「──だったら!」
「でも!」
気づけばオレは叫んでいた。しこたまぶつけた胸が痛い。クラクラ揺れる視界。
ただ、両の足に目一杯力を込め、ゆっくりと、けれど力強く立ち上がる。
「絶対勝てない相手でも、オレはここに立つ! 何回吹き飛ばされても、立ち上がってやるっ!」
重心が安定せず、再び倒れ伏しそうになる。ただそれを、ダンと踏み込んだ足で耐え、続ける。
「オレを助けてくれた君が、今オレの後ろにいる。動けずにいる!オレには今、立ち上がる理由がある。オレには今、守らなくちゃならないものがある!」
──そうか。何でオレが笑っているのか、わかった気がする。
今までになく胸が熱い。燃えるように、燃え盛る焔のように熱い。
──嬉しいんだ。父さんの残した言葉に支えてもらっている事が。命の危機に、この言葉を確かに胸に抱いていることが。
オレも母さんも、忘れてしまった父さんの事。
唯一覚えている言葉が、こんなにも力をくれるなら、
──父さん。オレは負けないよ。
「守るべきものがある限り、心は決して折れはしない!!心が折れない限り、人は何度でも立ち上がれるっ!!」
叫ぶ。同時、燃える胸が、爆発したかのように弾けた。
「覚悟しろよ怪物。お前が相手にしているのは、決して絶えない焔だと思え!!」
その時確かに聞こえた焔の音。
ゴォウと空気を喰らい、燃え盛る赤い炎。
最初のコメントを投稿しよう!