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「いいか、ユウキ」
父さんはオレの頭に手を置いて、腰を屈めた。
「この先お前は、たくさんの嫌な事、苦しい事を経験するだろう」
玄関先でいきなり何を言い出すのか。オレは内心首を傾げる。
「この先お前に、冷たい悪意、理不尽な敵意が襲いかかるだろう」
父さん。父さんはいつも通り仕事に行くだけなのに、どうしてそんなことを言うの。
「この先お前を、辛い現実、遠すぎる理想が蝕むだろう」
視界がぼやける。ゆらゆらと、揺れる。
「だが、忘れるなユウキ。決して忘れるな」
父さんは、強く、強く言う。
「守るべきものがある限り、心は決して折れはしない。心が折れない限り、人は何度でも立ち上がれる」
視界が大きく歪む。眩む。それが溢れる涙のせいだと、ようやく気づいた。
踵を返し、玄関を開けた父さんが出て行く。
待って。
待って。
行っちゃダメだ。そうだ思い出した。
これは夢だ。父さんが帰ってこなかった日。五年前のあの夏の記憶だ。
小さく笑った父さんと、オレの間を扉が阻む。
最後に見た父さんの顔が、徐々に狭まる扉の隙間に消えた。
胸の中で繰り返される、父さんの言葉。
最後に残した言葉。
ああ、熱い。
目頭と、胸が燃えるように熱い。
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