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五年前、この二人が働く大学で起きた爆発事故。コンピュータ室が爆破元だというそれは、何が燃えたのか、黒い炎を上げたらしい。
決死の救出作業が続く中、しかし清掃員の証言によると父さんはコンピュータ室にいたらしく、皆諦めていたらしい。
オレは父さんが死んだことをどうしても認めず、周囲の制止を振り切って、まだ火の収まっていないビルの中に乗り込んだらしい。
そんなオレをビルの中から助け出してくれたのは母さんと伊吹さんらしい。
何故「らしい」ばかりなのかというと、オレと母さんはその日のことを何も覚えていないからだ。
そして、父さんのことも何も思い出せない。
母さんは父さんのことを全て忘れていたし、オレは今日夢で見た会話しか覚えていない。
医者からはショックのためだと言われた。母さんが今笑顔で過ごせているのは、辛いことを忘れたからかもしれない。
ただオレは、あの言葉がずっと胸にある。
「守るべきものがある限り、心は決して折れはしない。心が折れない限り、人は何度でも立ち上がれる」
オレが唯一覚えている父さんの顔。
オレが唯一覚えている父さんの声。
思い出すと、胸を熱くし、背中を押してくれるこの言葉に、オレは何度も助けられていた。
「ほら、オレンジジュースでいいか?」
コトンと置かれたグラス。それを持つ伊吹さんの手には、大きな火傷の跡がある。
──「ユウキを救うために付けた傷だ。嫌なんかじゃない。名誉なことだよ」
オレのせいでできた跡だと知った時、泣きじゃくったオレに伊吹はそう言った。
「でも、救い切ることはできなかった。ごめんなユウキ」
あの時続けてこう言ったのは、きっと父さんを救えなかった罪悪感からだろう。──
「いただきまーす」
グラスを大きく傾け、一気に濃いジュースを飲み干す。正直とても喉が渇いていた。
そんなオレをニコニコと見ながら、「好きな子とかいないのか?」と聞いてくるのがいつものこと。
ここに寝泊まりしている伊吹さんは、日曜日に遊びに来ても研究室に上げてくれる。
そしてオレは、ここにあるとある物を見るのがとても好きだった。
「伊吹さん。あれ見てもいい?」
「お前は本当に好きだなぁ......。おういいぞ、見てこい見てこい」
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