第1話

6/16

0人が本棚に入れています
本棚に追加
/16ページ
オレは小走りで部屋の奥のドアを開ける。 その奥には暗い、しかしパソコンのブルーライトが薄く照らす小さな部屋がある。 手探りでスイッチを探し、電気をつける。 眩い白光LEDがパッと付き、部屋と、ガラス張りの壁の向こうに広がる巨大な空間を現した。 何台もの黒い巨大な直方体──これが伊吹さんが開発した解読装置なのだが──と、それに囲まれるような形で空間の中心に鎮座する一回り小さい石版。 それでも2メートルくらいあるだろうか。所々が欠けていて、まるで巨大な刀身のような形をしている。 そこに、びっしりと書き記された細かい文字。見たこともないその文字群を解読するため、父さんと伊吹さんはここで働いていたのだ。 この石版の名を〈ベツレヘムの石版〉。 父さんと伊吹さんはこれを探しに、オレがまだ1歳の時、海外へ旅立ったらしい。 途中紛争に巻き込まれたりと色々大変だったらしいが、二人とも無事に、この石版を持ち帰って来てくれた。 父さんが、一生をかけて解読しようとしたこれが。 伊吹さんが一人でも解読しようとしているこれが。 オレにとっても、本当に大切なものなのだ。 ▽ 同時刻、まだ街で調査を続けていたスズリの元に無線が入る。 『こちら諏訪。調査中すまない。〈A2〉だ。至急戻ってくれ』 〈A2〉。自立思考型言語癌及び非独立言語癌進行中 を意味するそれは、同時にスズリの本来の仕事が始まることを意味していた。 「了解。10分で戻ります」 『問題ない。迎えを寄越した』 無線の向こうでそう言うと同時、タイヤの擦れる甲高い音を上げながら、真紅のスポーツカーがスズリの目前に止まった。 「乗って!」 そう叫んだよく知る男性に頷き、車高のやたら低いそれに乗り込んだ。 ▽ そして車は、とある立体駐車場の前で速度を緩める。 外見は窓の無い塔であるそれは、一般人も利用しているごく普通の立体駐車場である。 リフトに乗ると、運転手は車内のモニターに数桁のパスワードを打ち込んだ。 ゴォンと低い音を上げ、急速降下を始めるリフト。 臓器が浮くような感覚に耐え、辿り着いた地下百数メートル。 ドアが開くと、薄く明るい直線通路が伸びていた。 この通路は、スズリが所属する秘密機関の本部、〈言語癌対策本部〉へと続く地下通路である。 カーブの無いそれを、スポーツカーは超速で走っていく。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加