とてもきれいでした

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八月終わりに、屋上から飛び降りたあの子はいまでも制服を着て、僕に向かって頬笑む。 すでに廃校となった校舎の屋上は、錆びた南京錠がドアにかかっていたけれど、簡単に外れた。 ぎい、と錆びたドアを開けると、振り向いたあの子がにこにこして、近づいてくる。嬉しそうに、なつかしそうに。ブラウスの胸ポケットには、桃色のガーベラ。机に置いた花瓶に活けられていた、花だった。 それを握りしめ、教室を出ていったあの子を僕は、引き留めることができなかった。 理由なんかない。 なんか、八つ当たりする対象が欲しかった。抵抗しない、無機物みたいな存在が欲しかった。 僕だけじゃなく、みんなも。 みんなやっているから、しょうがない。 みんなやっているから、やらないと、自分に役目が回ってくる。 泣かない、黙ったまま、ただ我慢するだけのあの子に、甘えて依存して、寄りかかっていたのは僕だ。 いや、僕たちだ。 あの子の髪が揺れて、ポニーテールに結んだ青いリボンも揺れている。 あれを引っ張って、踏みつけて、トイレに流した同級生は先月結婚した。 お気に入りだという、青いハンカチを、鼻をつまんで取り上げて、窓から投げ捨てた同級生は、昇進した。 青いペンキで、あの子の上履きをそめて、椅子に置いた同級生は、双子の母親になった。 僕はといえば、ひとりだけ、取り残されるように悩んで、もがいて、悔いて、外に出ることさえ大変になった。 もう大昔のはなしなんだから、気にしなくていいんじゃない? そいつらが言うたびに、むかむかした。 謝りたかった。 もういないから、いいんだって、そんな言葉は、言い訳は受け入れることができなかった。 ごめん。 頬笑むあの子は、首を横に振った。 そして、強いちからで僕の腕を掴んだ。 手のひらには、青いペンキが塗られていた。 僕はそっとちからを抜いて、されるがままに任せた。
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