第二章

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 その子は俺を邪神として見ていなかった。子供ゆえの純真さではなく、本人の意思で。  親が疑問を抱いていたことも大きい。これはスサノオのおかげだったと今は知っている。あいつはいいやつで、俺を見捨てず、子孫に働きかけていてくれたんだ。 「あたしのなまえはとうこです。よろしくおねがいします」  返答などないと分かっていて、少女は話しかけてくれた。 「かみさま、おそなえものもってきました」 「かみさま、きれいなおはなどうぞ」  その日から、毎日来ては何かしら持ってくる。その子の訪れだけが暗闇の中さす一筋の光だった。  ―――話したい。  檻の中から、せめて指先だけでも出して触れたい。  願ってはいけない願望が生まれていく。  駄目なのに。俺は罰を受けなければならない。それが彼女の望みだ。  母を奪い、人生をめちゃくちゃにしてしまった原因である、俺のせめてもの罪滅ぼし。  ……でも、東子が来ると気持ちが揺らぐ。  必死で外に出たいという思いを殺しながら何年も経った。  すっかり大人になった東子はある日、菓子を持ってきた。  毎日欠かさず供えてくれるのに、俺は食べられやしない。  ごめんな。お前と一緒に食べられたらどんなに楽しいか。  俺は誰かと食事などしたことがない。わずかな食事しか渡されず、それすらもほとんど母が奪っていく。ほんのわずかな栄養でも生き延びれたのは、神の血のおかげだ。  東子は花火大会があると言う。平和で豊かな時代なんだな。俺もそんな時代に生まれたかった。隣で見てみたい。  寂しい。苦しい。悲しい。  そう思う資格はないと禁じてきた感情がこみあげる。  もう独りでいるのは嫌だ。 ☆  東子の悲鳴が聞こえた。  火事か。洞窟の入り口を燃え盛る炎がふさぐ。 「苦しい。苦しい」  苦しいのは体か心か。  それとも両方か。 「助けてくれ」  言ってはならない言葉が出た。  ―――そうだ、ここから出なければ。  ここからでは見えない。東子は無事なのか?  血の気が引いていく。  俺を孤独から救ってくれた、あの優しい少女を守らなければ。 「神様!」  東子が飛び込んできた。怪我を負いながら。  つーっと、涙が頬をつたった。  泣いた記憶はほとんどない。泣けば母に殴られたからだ。  ごめん、母さん、姉さん。  俺が小さい頃自殺してればよかったんだ。
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