第二章

4/7

14人が本棚に入れています
本棚に追加
/22ページ
 ああ。俺なんていなければよかった。 「お前が生まれなければ! 母さんは死なずに済んだんだ!」  そうだな。  俺の存在が全てを歪ませた。正しい道へ戻すため、殺せばいい。  彼女は俺を指さして糾弾した。 「母さんは刺し傷がなかったのに、血を吐いて死んでいた。この悪神が何らかの力で殺したのよ。実の母親を残虐な方法で殺すなんて。化け物め!」  え?  これには眉をひそめた。  母さんの死は自殺だ。俺の目の前で刺した。パニックになった俺は蘇生を試みたが、叶わなかった。なるほど、あの時傷を治したことがこんな誤解を生むとは。  しかし、現場に刃物があったはずだから分かっただろうに。 「化け物!」 「殺せ!」  人々が口々に叫ぶ。  ……でも、俺が母さんの死の原因になったのは事実。俺が殺したも同然だ。  否定することはできなかった。それに、俺のせいにすることで姉さんの心が軽くなるなら、それでよかった。 「……殺してやる」  彼女が刃を抜いた。  ああ、それを振り下ろせばいい。人の思いがこもった刃なら、俺を殺せるだろう。  ―――姉さん。  姉、と口に出して呼ぶことはできない。なぜなら彼女が望んでいないから。永遠に言うことはできないだろう。  忌まわしい、悪しき化け物を退治した救世主になるといい。きっと誰もが褒めてくれる。  たとえこれがそいつの計画だったとしても、俺の死によって姉さんが正気に返るなら。 幸せになってくれるなら、それでいいよ。 「死ね!」  研ぎ澄まされた刃が振り下ろされる。  俺は落ち着きはらってそれを見ていた。  ―――……ごめんな。  言葉にはせず、唇だけ動かした。  これでやっと終われる。  刃が体を突き抜ける。痛みはなかった。  そして俺は死んでなかった。 「……ただ殺すだけで済むもんですか」  彼女が呪文を唱えた。俺の体が石になっていく。 「お前は意識を保ったまま、石になるのよ。昔のように牢獄に閉じ込めておいてあげるわ。でも今度は力は使えない。脱出できないわよ。ずっと独りで永遠に牢獄にいなきゃならないの。あっはは、なんてすばらしい復讐かしら!」  狂った哄笑が聞こえる。 「未来永劫、孤独と絶望に苦しめられるがいいわ!」  彼女が望んだのは、死よりも重い罰だった。  俺を手にかけてもなお、彼女が憎しみから解放されることはなかったんだ。
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加