14人が本棚に入れています
本棚に追加
/22ページ
ああ。俺なんていなければよかった。
「お前が生まれなければ! 母さんは死なずに済んだんだ!」
そうだな。
俺の存在が全てを歪ませた。正しい道へ戻すため、殺せばいい。
彼女は俺を指さして糾弾した。
「母さんは刺し傷がなかったのに、血を吐いて死んでいた。この悪神が何らかの力で殺したのよ。実の母親を残虐な方法で殺すなんて。化け物め!」
え?
これには眉をひそめた。
母さんの死は自殺だ。俺の目の前で刺した。パニックになった俺は蘇生を試みたが、叶わなかった。なるほど、あの時傷を治したことがこんな誤解を生むとは。
しかし、現場に刃物があったはずだから分かっただろうに。
「化け物!」
「殺せ!」
人々が口々に叫ぶ。
……でも、俺が母さんの死の原因になったのは事実。俺が殺したも同然だ。
否定することはできなかった。それに、俺のせいにすることで姉さんの心が軽くなるなら、それでよかった。
「……殺してやる」
彼女が刃を抜いた。
ああ、それを振り下ろせばいい。人の思いがこもった刃なら、俺を殺せるだろう。
―――姉さん。
姉、と口に出して呼ぶことはできない。なぜなら彼女が望んでいないから。永遠に言うことはできないだろう。
忌まわしい、悪しき化け物を退治した救世主になるといい。きっと誰もが褒めてくれる。
たとえこれがそいつの計画だったとしても、俺の死によって姉さんが正気に返るなら。
幸せになってくれるなら、それでいいよ。
「死ね!」
研ぎ澄まされた刃が振り下ろされる。
俺は落ち着きはらってそれを見ていた。
―――……ごめんな。
言葉にはせず、唇だけ動かした。
これでやっと終われる。
刃が体を突き抜ける。痛みはなかった。
そして俺は死んでなかった。
「……ただ殺すだけで済むもんですか」
彼女が呪文を唱えた。俺の体が石になっていく。
「お前は意識を保ったまま、石になるのよ。昔のように牢獄に閉じ込めておいてあげるわ。でも今度は力は使えない。脱出できないわよ。ずっと独りで永遠に牢獄にいなきゃならないの。あっはは、なんてすばらしい復讐かしら!」
狂った哄笑が聞こえる。
「未来永劫、孤独と絶望に苦しめられるがいいわ!」
彼女が望んだのは、死よりも重い罰だった。
俺を手にかけてもなお、彼女が憎しみから解放されることはなかったんだ。
最初のコメントを投稿しよう!