座敷物語

2/39
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/39ページ
 知歩は通学用の電車に乗り込んだ。オレンジ色の車両が、霜の見えそうな冬の田んぼの真ん中を、駆け抜けて行く。吉備線の車窓の外には、地元の観光名所、最上稲荷の赤い大鳥居が見えていた。長椅子に座った知歩は、膝の上で小説ノートと書かれた学習帳を開くと、手のひらでペンを回した。知歩はほくそ笑み、朝の出来事を日記のように書き記す。  人混みのなかに立っていた葵 慎吾が知歩のことを見つけた。慎吾は口のなかにアップルミントキャンディーをほうりこむと、両手で口を押さえ匂いを確認した。それから知歩の前まで歩いて行くと、両手でつり革につかまって見せた。二人は吉備津南高校に通う同級生だった。 「よぉ寺島、おはよう」 「おはよう」  知歩はそっけなく、ノートから顔もあげない。慎吾はへこたれず会話を続ける。 「お前、大学受かったらどこに住むのかもう決めたのか? やっぱり吉祥寺とか下北とかお洒落なところ?」 「悪いけど葵。私、東京には行かないから」  知歩は立ち上がると電車の出入り口の前まで歩いて行った。 「あっ」  慎吾は残念そうに見送る。知歩はまた胸のなかで物語を紡ぎ始めた。 『……彼が私のことを、好きだと言うことは知っていた。それと同時に彼を愛する人がいることも知っていた』  電車が備中高松駅に停まった。扉が開くとホームに立つ駒井里帆の姿が見えた。 「おはよう、知歩」 「おはよう、頑張ってね。里帆」  知歩は同級生の里帆に声を掛けた。里帆は扉の奥に慎吾を見つけるとうつむいて見せた。 「おはよう……」 「おう」     
/39ページ

最初のコメントを投稿しよう!