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知歩は通学用の電車に乗り込んだ。オレンジ色の車両が、霜の見えそうな冬の田んぼの真ん中を、駆け抜けて行く。吉備線の車窓の外には、地元の観光名所、最上稲荷の赤い大鳥居が見えていた。長椅子に座った知歩は、膝の上で小説ノートと書かれた学習帳を開くと、手のひらでペンを回した。知歩はほくそ笑み、朝の出来事を日記のように書き記す。
人混みのなかに立っていた葵 慎吾が知歩のことを見つけた。慎吾は口のなかにアップルミントキャンディーをほうりこむと、両手で口を押さえ匂いを確認した。それから知歩の前まで歩いて行くと、両手でつり革につかまって見せた。二人は吉備津南高校に通う同級生だった。
「よぉ寺島、おはよう」
「おはよう」
知歩はそっけなく、ノートから顔もあげない。慎吾はへこたれず会話を続ける。
「お前、大学受かったらどこに住むのかもう決めたのか? やっぱり吉祥寺とか下北とかお洒落なところ?」
「悪いけど葵。私、東京には行かないから」
知歩は立ち上がると電車の出入り口の前まで歩いて行った。
「あっ」
慎吾は残念そうに見送る。知歩はまた胸のなかで物語を紡ぎ始めた。
『……彼が私のことを、好きだと言うことは知っていた。それと同時に彼を愛する人がいることも知っていた』
電車が備中高松駅に停まった。扉が開くとホームに立つ駒井里帆の姿が見えた。
「おはよう、知歩」
「おはよう、頑張ってね。里帆」
知歩は同級生の里帆に声を掛けた。里帆は扉の奥に慎吾を見つけるとうつむいて見せた。
「おはよう……」
「おう」
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