舞いはじめ

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カーテンを開ければ、夜の闇を背景に窓ガラスが俺達の姿を映してくれる。 いくら同じ動作をしたつもりでも、俺と夏生の舞は何かが決定的に違っていた。 踊っている間俺は夏生の姿をずっと見ているけど、夏生は何も見ていない。俺を見る事もない。 なのにどうしてだろう、この時間だけは俺が夏生を独占していると感じられるのは。 練習を終えて外に出ると、肌に張り付く湿度の高い闇が夜を満たしていた。 背が高い上に造園の仕事で筋肉のついてきた夏生は、家族から借りていた軽自動車の狭さに音を上げて、三か月前にSUVの車を買った。 このままじゃ背が縮んでお前に追い越される、なんて言ってたけど、俺が追い越すにはまだ2年はかかると思うくらいの身長差だ。 エンジンかけてエアコンを最強にして走り出した。スピーカーからは聞いたことない洋楽が流れている。夏生が高校出るまではJ-popばかり聞いてたはずなのに、誰かに影響されたのかと想像して不愉快になる。 「なぁ、あの踊りってほんとは巫女が踊るんだろ。巫女って処女だよな?じゃあ男の場合は童貞?夏生はまだなの?」 俺の質問に夏生は苦笑した。 「ふうん、否定しないってことはそうなんだ。ツレが多いのに意外」 俺の意地悪にさすがにむっとした。一瞬俺の方を見た横顔に、唇の端を上げて応えてやる。 「やったはやったけど…その後すぐ別れたからなぁ」 「下手だったってこと?」 意地悪を自覚して言ったから怒るかと思ったのに、夏生は声を上げて笑って左手で俺の頭を小突いた。 「お前なぁ、年上に対して死ぬほど失礼だな。卒業直前にやった後、『5月からワーホリで海外行くの』って言われてそれっきりだよ」 女にやり逃げされたってこと?と思ったけど、黙っておいた。 「祥爾はモテるだろ。今、彼女いるのか?」 「いねーよ。それに俺、童貞だよ」 処女じゃないけど。 夏生が細い目を精一杯見開いた。 「まじか、意外だな」 「そう?俺様、純情路線まっしぐらよ」 その言葉に嬉しそうに笑った夏生に、俺はずっと恋していた。
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