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最初の一週間を遊び倒すと、友達の誘いも落ち着いて暇ができた。
夕方、少し涼しくなった時間にコンビニに向かって自転車を走らせている時だった。緑地公園の前で駐車場に向かって歩いて行く夏生を見かけた。珍しく、作業用の黒い服じゃなく、シャツにチノパンという格好だった。公園の管理事務所にでも行っていたのかもしれない。
百メートル以上離れているから、向こうは気付いていないだろう。
「夏生!」
気付いたら名前を呼んでいた。夕方、人気のない場所だから声がよく響く。
振り向いた夏生ははっとしてからばつの悪そうな顔で口を動かして何か言い、背を向けて歩き出した。がらんとした駐車場に夏生の大きな車が一台停めてある。
あの夜の事後悔してる?にしても、逃げんなよ!
今までずっと悩んでたことを全部忘れて思わず声を上げていた。
「夏生!待てよ、ききたい事があるから!待てってば!」
俺の声が聞こえてる筈なのに、背中は遠ざかって行く。
誰もいない盛夏の熱いアスファルトの上を全力で自転車をこいで追いかけた。空気が重くて皮膚に絡みつく。車のところまで行くのに何秒かかるんだってくらい遠かった。
車の手前で自転車をそのまま放り出してドアノブに手をかける。運転席に乗り込んだ夏生が逃げるようにエンジンをかけたタイミングで、ドアを開け何も言わず助手席のシートに滑り込んだら諦めて顔をこちらに向けた。
唇を固く結んで眉根を寄せた顔に、苦しいのはずっと無視されてたこっちなんだよ、と怒鳴りたかった。
「逃げんなよ……」
「逃げてねぇよ」
沈黙が訪れる。
「なんで無視すんの、俺の事嫌いになった?キモくなった?」
俺の言葉に夏生がありえないほど驚いた顔をした。
「何でって、お前の……彼氏が」
「は?彼氏って誰?」
「あの時来てた遠藤が」
「遠藤先輩?なんで彼氏……!まさかあいつ、夏生になんか言ったのか?!」
状況がよくわからずに混乱する。
なんでセンパイが夏生の家知ってるんだ?なんで夏生の家に行くんだ?
「例祭の翌日うちに来たんだよ。お前と付き合ってるからちょっかい出すなって」
「付き…付き合ってなんかねーよ!嘘ばっかり言いやがって」
俺の答えに納得いかない表情の夏生の顔にもうすぐ沈みきるオレンジ色の日の光が当たる。眩しそうに目を細めて、ハンドルに置いた腕に顔を伏せた。
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